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母からもらった味

おふくろの味などというけれど

わたしにとっての母の料理というもの

あまりに自然に入りすぎてどれというものがない

いつからかシチューやグラタンをつくるとき

ホワイトソースをつくるのが私の役目になって

となりでもう少しとかこんな感じになったらとか言われつつ

メニューが出てくるたびに何度も作らされコツを覚えたことは記憶している

フライの衣つけとか餃子の皮包みとか手伝いながら見よう見まねで覚えたんだろうな

 

洗濯物に関しては手伝っているつもりなのに注文が多くて

ぶつぶつ怒りながらやってた記憶がある

あちらとしては「仕込んでやってる」もしくは「伝えるべきこと」だったんだろうな

それに比べると料理はよく覚えてないか楽しかった記憶かだから

もともと自分としても好きなことだったんだろうと思う

 

味以外で記憶に残っている言葉

「その日に食べたいものってその日にならなきゃ分からない

 寒いとか暑いとかで変わってくるじゃない

 何日分も献立決めてそのまま変更なしっていうのはちょっとね」

 

「そのときに相応しい料理の仕方ってあるの

 お腹すいてたまらないときにいくら美味しくても長いこと待たされたくないでしょ

 ささっとつくれるものがいいときだってあるんだから」

 

「一緒に楽しみたいお客さんといるときに

 ずっと台所に張り付いてるなんて楽しくないわよ

 ちゃんとメニュー考えてうまいことまわさなくちゃ」

 

 

といいつつ

ひとが来ると(子供相手にまで)人一倍気を遣って

帰った後にああ疲れた!なんていってるひとだったけど

疲れたっていいながらあれは楽しかったんだな

と、今になって思う

 

なにをもらった

なにが受け継いだ味

っていうのは特にないけれど

食べることが楽しみで

つくることも楽しみなのは

きっと母のおかげ

それは人生においてかなり大きな財産だと感謝している